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東京高等裁判所 昭和57年(う)1242号 判決 1983年3月07日

裁判所書記官

松尾憲治

本籍・住居

千葉市新町九二番地

無職(元税理士)

金澤佐吉

昭和八年七月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五七年六月二八日千葉地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人及び弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官宮本喜光出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人加藤義樹名義の控訴趣意書(一)(二)及び同補充書に、これに対する答弁は検察官宮本喜光名義の答弁書に各記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意のうち、理由にくいちがいがあるとの主張について

所論は、要するに、原判決は原判示第三の事実中の被告人の昭和五四年度の所得につき、角田株式会社、石橋生糸株式会社、松村株式会社の三社(以下角田等三社という)との商品先物取引による利益も被告人の所得であると認定し、その証拠として証人森澤慈、同鈴木進、同北爪啓進の各公判廷の供述を引用しているが、このような事実を認定するには、右森の供述と他の二名の証人の供述は矛盾しているので、原判決には、その点で理由にくいちがいがある、というのである。

そこで、検討すると、判決の引用する各証拠の間に矛盾する部分があるからといって、直ちに判決の理由にくいちがいがあるとはいえないばかりでなく、原審証人森澤慈、同鈴木進、同上爪啓進の各供述を対照してみても、森の供述と鈴木、北爪両名の供述にはなんら矛盾する点はなく、むしろ鈴木、北爪の供述は森の供述と符合し、これを補強する関係にあるものと認められるから、原判決が角田等三社との取引関係を含む原判示第三の事実の認定の証拠として、右森、鈴木、北爪らの供述を引用しているのは相当であって、なんら理由のくいちがいはなく、論旨は理由がない(なお、所論は森の供述それ自体にも種々の矛盾がある旨主張しているが、その点は森の供述の信用性を攻撃するものに過ぎず、事実誤認の主張に帰するものであって、理由のくいちがいというには当らない。)。

二  控訴趣意のうち事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決は原判示第三の被告人の昭和五四年度の所得に関し、前記角田等三社との商品先物取引による利益五、二三二万九、四〇〇円も被告人の所得であると認定したが、右取引は岡地株式会社の外務員森澤慈が自己のために行なった「手張り」取引であって、被告人の依頼により右取引を行なったという右森の供述には、それ自体に矛盾が多く、他の証人の供述と対比しても信用性がないうえ、右森の供述以外に角田等三社からの前記利益金が、現実に被告人に取得されたことを確認すべき証拠はないから、原判決には右の点で事実の誤認があって、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで、検討すると、原判決が挙示する関係各証拠を総合すれば、所論の点も含め、原判示第三の事実の認定は正当としてこれを是認することができる。

なお、所論に鑑み、前記証人森澤慈の供述の信用性について付言すれば、次のとおりである。

1  まず角田等三社との取引は、森が独自に行なっていたものか、または被告人の了承を得て行なっていたのかの点につき、物的証拠によって検討すると、被告人の事務所から押収された預金等記入帳一冊(当裁判所昭和五七年押第四二四号の一七)を角田等三社関係の取引調査等の関係証拠と併せて考察すれば、右帳簿には昭和五四年三月から六月までの間の、角田、石橋、松村の三社に対する各共栄商会、サンシャイン、大伸物産名義による証拠金の預け入れ状況と、同年六月末現在の右証拠金の残高が記載されていることが認められるところ、原審における被告人、森、及び岡地株式会社(以下「岡地」という)千葉出張所長である証人飛澤実の各供述を総合すると、右記載内容は被告人が、岡地における取引分と同様に、森から当該取引について報告を受けてこれを記載していたものと認められる。そうすると、被告人は森から前記角田等三社に対する証拠金預託の報告を受けて、これを了承していたものと認めるのが相当である。また、被告人の事務所からの押収物の中に、角田側の証拠金の記録と符合する、角田株式会社あて、共栄商会名義の昭和五四年三月一五日付、三五〇万円の銀行振込金領収証一通(前記押第四二四号の一六)があったことも、右認定を支持するものである。

被告人は原審公判廷において、右預金等記入帳の記載内容や、右領収証の存在した理由につきあれこれ弁解しているが、およそ不自然、不合理な供述であって容易に信用し難く、これに反して前記森の供述内容は、右物的証拠とも符合し、信用性があるものと考えられる。

2  次に、森の供述中の「岡地千葉筋」に対する業界の注目を避けて建玉を分散させる等のため、被告人に角田等三社との取引を進言して右取引の指示を得た旨の供述部分の信用性について検討すると、松村株式会社の社員である北爪啓進が、右森の供述する建玉分散の必要性について、これを肯定する趣旨の供述をしているほか、前記岡地の千葉出張所長飛澤実の原審における供述(第二回)によっても、「外務員が客の注文を自分の会社に受け継がずに、他社に申し込みすることは、手張りという自己取引の場合のほかに、取引業者ごとに一委託者につき建玉制限があるので、これを超えて取引する場合にありうる。また、森が、『岡地千葉筋』として注目されていた被告人の取引を、松村や角田にほかの名前を使って持って行けば、それは千葉筋の取引とは表面上見なされないですむ。」というのであるから、右飛澤の供述も森の前記供述部分と符合し、これを補強するに足りるものと考えられる。

以上のように、被告人が角田等三社と取引する必要性があったという点に関する森の供述部分は、これを補強するに足りる複数の証拠があることから、信用性があると認めるのが相当である。

3  次に所論が強調する、角田等三社との取引による利益金が、被告人の手許に入金されているかの点につき検討すると、右三社関係の商品取引調査書、被告人の預貯金関係の検査てん末書等の関係証拠によれば、(一)昭和五四年一〇月一八日、角田から共栄商会名義分の益金三、二八〇万六、八〇〇円、松村から大伸物産名義分の益金及び証拠金返戻金一、〇一三万円の合計四、二九三万六、八〇〇円が出金されているところ、右一八日と同日に、被告人の商品先物取引に使用していた山梨商事株式会社の磯部芳吉名義の口座に、証拠金として二口で七〇〇万円、翌一九日に被告人の千葉信用金庫新町支店の普通預金口座に三、六〇〇万円と、合計四、三〇〇万円が入金されていること、また(二)同月二五日に角田から、共栄商会名義分の益金一、三四〇万円、証拠金返戻金一、六六〇万円の合計三、〇〇〇万円が出金されているところ、翌二六日に、被告人の使用する千葉興業銀行駅前支店の小倉一郎名義の普通預金口座に一、〇〇〇万円同じく被告人使用の山種物産株式会社の佐久間健治名義の口座に証拠金として二口で一、〇〇〇万円、前記山梨商事の磯部芳吉名義の口座に証拠金として五〇〇万円と、合計二、五〇〇万円が入金されていることが認められ、これらは入出金の時期及び金額から見て、それぞれ前記角田、松村の二社から出金された益金や証拠金が、被告人の手許に一旦入金されたうえ、右の銀行や商品先物取引業者に対する被告人からの預金や証拠金として預け入れられたものと推認することができる。

被告人は原審公判廷において右推認の結果を否定し、当時は現在居住するビルの建築や相場取引の関係で、五、〇〇〇万とか七、〇〇〇万円位の金が手許にあったが、金の動きが乱雑であったため、一々前記の預金や証拠金の出所は憶えていないし、取引銀行への遠慮から、本件捜査終了後銀行調査によって右出所を確かめることもしていない旨供述しているが、およそ税理士という職業柄からして、そのような処理をしていたということは容易に理解し難いところであって信用し難く、他の関係各証拠を検討しても、前記推認に反して、当該預金や証拠金が、被告人の他の資金源から出金されたことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、右角田等三社からの益金等の出金は、その主要部分が被告人の手許に入金されていると認められるのであるから、右三社からの決済金はすべて自分が受け取り、被告人の方に持参して手渡したという森の供述にも、信用性があると認めることができる(ただし、右のほか、同月一三日に石橋生糸から出金された分七四九万二、六〇〇円については、被告人の勘定に同日頃入金されたことを認めるべき記録は見当らないが、現金のまましばらく保管されていた可能性もあり、被告人にその日に渡しているという森の明確な証言がある以上右認定の妨げとなるものではない。)。

4  その他にも、所論は森の供述内容には種々矛盾がある旨主張しているが、森が角田等三社との取引に関する「共栄商会」等の記名印や印鑑を、一時的に被告人から自分が預かって保管、使用していたという点、右三社との取引に関する報告書等は森の自宅の方に送らせていたという点は、被告人と森がほとんど毎日、昼夜二回にわたり食事を共にしながら取引の打合せをしていたという親密な接触状況や、建玉分散のために他社に注文を出すので、右注文関係は岡地には内密にしていたということを考慮すると、被告人の依頼による被告人のための取引であることと矛盾するものではなく、右三社からの利益金等を被告人に渡した際、領収書を取らなかったという点も、森と被告人との前記のような親密な間柄を考えれば、後日トラブルが起きることを予想してそこまではしなかったという森の供述もこれを矛盾というには当らない(また、被告人と岡地との取引分については、外務員の森は二、三十万円までの金員を被告人と授受することを認められていただけで、それ以上の金員の授受は出張所長の飛澤が直接取扱っていたことも認められるが、角田等三社との取引は岡地には内密であったため、右岡地とは別の取扱いをしていたというのであるから、前記のような多額の現金を森が直接右三社から受けとって、被告人へ持参したということも、あえて不自然、不合理というには当らない。)。

かえって森の、本件査察着手後、被告人から商品先物取引の分の税金を森の方で負担してくれないかという働きかけを受けたという供述及び査察官から角田等三社の取引は森の手張りである旨被告人が弁解していると聞いて、直ちに被告人に面会して抗議したという供述を見ると、この点に関する被告人との対話の状況は甚だ具体的であり写実的であって、事実を体験した者でないと語り得ないほどの内容を含んでおり、その点からも森の供述には信用性があると認められる。

5  以上のとおりであるから、証人森澤慈の供述には、全体的に見ても矛盾ないし不合理な点はなく、他の物的証拠や他の証人の供述とも符合し、補強されている点が多いことから、その信用性は十分に認められるところである。

そして、右森の供述を基本として、他の関係各証拠を併せて考察すれば、前記角田等三社との取引は、被告人が森を介して行なったもので、その利益金も被告人の取得に帰しており、被告人の所得であると認めるのが相当である。

よって、原判決にはなんら事実の誤認はないから論旨は理由がない。

三  控訴趣意のうち量刑不当の主張について

所論は、要するに、原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、検討すると、本件は税理士として適正な納税が行なわれるように率先協力すべき立場にあった被告人が、本業のほかに知人らに対する貸金により相当多額の利息収入があり、また、商品先物取引により多大の利益を得ていたのに、原判示のとおり三年度にわたりこれらの収入を全く秘匿し、各虚偽過少申告をなし、三年度で合計二億八、五一六万円余の所得税を逋脱したという事案であるが、逋脱税額が稀に見る巨額であるうえ、所得秘匿の手段、態様が多数の他人名義、架空法人名義を使用するなど、甚だ巧妙、悪質であること、犯行の動機も、貸金利息については税理士の職業柄、その事実を知られると顧客の評判を悪くすることを恐れたためであり、商品先物取引による利益については、同取引が損をする危険が大きいので、その場合を考慮したのと、さらに取引規模を拡大したかったためであるというのであって、酌量の余地に乏しいこと等に徴すると、被告人の罪責は甚だ重いといわなければならない。

そうすると、被告人が刻苦勉励して税理士の資格を取り、その後も業務に精励した結果、業界で相当の地位を築いたこと、しかるに商品取引相場の魅力にひかれ深入りを続けたあげく、国税局の査察を機として一気に蹉跌し、多大の損害を受けて過去の利益は消失し、手痛い経済的打撃を受けていること、原判決の出る直前頃税理士の業務を廃止し、登録を抹消して以後謹慎を続け、ある程度社会的制裁を受けていること等、所謂指摘の被告人のために酌むべき諸事情を斟酌しても、原判決が被告人を懲役二年六月及び罰金八、〇〇〇万円に処し、懲役刑につき五年間その執行を猶予したのが、重過ぎて不当であるとはいえないから、論旨は理由がない。

よって、論旨はすべて理由がないから、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 和田保 裁判官 杉山英巳)

○ 控訴趣意書

所得税法違反 金沢佐吉

右の者に対する頭書被告事件につき下記のとおり控訴の趣意を提出する。

昭和五七年一〇月一五日

右弁護人 加藤義樹

東京高等裁判所

刑事第一部 御中

原判決には「事実の誤認があってその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであり」更に「刑の量定が重きに失し不当であり」いずれによっても破棄されるべきものである。

第一 原判決には事実の誤認があってその誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

原判決は公訴事実第三の昭和五四年度の所得につき、角田株式会社、石橋生糸株式会社、松林株式会社の三社を通じてなしたとされる商品先物取引による利益五、二三二万九、四〇〇円を被告人の所得である旨認定しているが、以下の理由などにより右は被告人の所得ではない。

一 右金額に見合う金員を被告人が現実に取得したことを立証する証拠はない。

二 右入金があったことを前提としこれに見合う出金を被告人がなしているとする検察官の主張につき、該当する出金については被告人において別途入金した分から出金していることは明らかであり検察官の主張は前提を欠き、検察官の右主張を容れた原判決の誤りも又明白である。

三 証人森の証言は証人鈴木、同北爪の各証言との対比においても信用し難いものであり、他に右所得が被告人に帰属することを裏付ける証拠はない。

第二 原判決の量刑は重きに失する。

原判決は被告人に対し「懲役二年六月及び罰金八、〇〇〇万円に処する。本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する」旨の判決をなした。しかし、右は以下の理由などにより重きに失するものである。

一 本件に至る経緯背景に酌量すべき事情がある。

二 被告人は商品先物取引による所得につき岡地(株)からその収支の資料を入手し次第、修正申告により納税義務を果そうと考えていた。

三 本件査察により商品先物取引による損失が一挙にじ五億円余の損害となり従前の益金は一挙にして霧消した。

四 右の外本件により社会的経済的制裁を十二分に受けている。

五 本件逋脱にかかる税については預金の差押により一億五千万円相当分を既に納付ずみと言える外、すべての不動産に対しても差押を受け、納付すべき税額の大半につき履行が確保されている。

六 被告人の生命線とも言うべき税理士資格を返上して謹慎の意を表わしているほか、反省悔悟の情は顕著である。

第三 以上第一、第二の控訴の趣旨の詳細については追って補充書を提出する。

○ 控訴趣意書(二)

所得税法違反 金沢佐吉

右の者に対する頭書被告事件につき下記のとおり控訴の趣意を追加提出する。

昭和五七年一〇月一八日

右弁護人 加藤義樹

東京高等裁判所

刑事第一部 御中

第一 原審判決には「理由にくいちがいがあり」破棄されるべきものである。

原審判決は判示第三の事実の内、角田株式会社、石橋生糸株式会社、松村株式会社、の三社との商品先物取引による利益は被告人の取得であると認定しているが、これを認容する証拠として証人森沢慈、証人鈴木進、証人北爪啓進、の各公判廷における供述を、その「証拠の標目」に掲げているが、このような事実を認定するには、証人森と他の二名の証人の供述とは矛盾するものであり、従って、原審判決には「理由にくいちがいがある」ものである。

第二 昭和五七年一〇月一五日付控訴趣意書第一頭書三行目、「松林株式会社」とあるのを「松村株式会社」と訂正する。

○ 控訴趣意書補充書

所得税法違反 金沢佐吉

昭和五八年一月二七日

右弁護人 加藤義樹

東京高等裁判所

刑事第一部 御中

第一 原判決には「理由のくいちがい」があり破棄されるべきものである。

一 原判決は第三の事について、角田株式会社、石橋生糸株式会社、松村株式会社の三社分の取引についても、その利益が被告人の所得であると認定しており、認定した証拠として、証人森沢慈、同鈴木進、同北爪啓進の各公判廷の供述を掲げている。しかし証人森の証言はそれ自体において二のとおり矛盾するものを含むうえ、他の両名の証言内容ともそごするものであり(三、四)、結局原判決には「理由のくいちがいがある」ものである。

二 証人森は、一方で前記三社分の取引について被告人の依頼による取引であるとして、

1 (金は)「私が直接取りに行って金沢さんの指示に基づいて行って、それで金沢さんの手元に渡しております」

2 「所長と一緒に行ったことはない」

3 「これらが自分の取引ではない」

4 「昭和五四年一〇月一八日松村、角田からの利益金については金沢からバック一つ借りて取りに行った」

等と証言するが、他方

1 証第一四五号証の角田株式会社宛の振込依頼書の筆跡は自己のものであることを認めたうえ、しかもその日付である昭和五四年三月一五日三五〇万円の出所について証第一四六号の証拠金明細との不一致を説明しえず、

2 利益金を被告人に渡しても領収書は取っていない、

3 前記三社との取引に関する印鑑、記名判は自分が保管使用していた、これを返したのは昭和五五年に入ってからである、

4 取引に関する報告書は(森の)自宅に送らせていた、

等の被告人の取引であることと矛盾する証言も行っている。

三 証人鈴木進は、角田株式会社との取引について

1 すべて森を通じて取引をした、

2 角田に対する支払はすべて振込みで、出金はすべて現金で森に渡した、

3 森にカバンを貸した記憶がある、

旨証言し、

四 証人北爪は、松村株式会社との取引について

1 森からの注文であった、

2 大伸物産株式会社の確認はしていない、

3 連絡は岡地株式会社千葉支店か森の自宅に対してなした、

4 松村からの支払は森に現金を渡した、

旨証言するところ、これら三、四の証拠には、いずれも前記三者の取引主体が被告人であるとする森証言と矛盾するところである。

第二 事実誤認について

一 公訴事実第三の昭和五四年度の所得につき、角田株式会社、石橋生糸株式会社、松村株式会社を通じての商品先物取引による利益が、被告人の所得であることを立証する証拠は、結局証人森の証言のみであるが、しかし同証言は、第一に記載したとおりのそれ自体における、又他の証拠との矛盾を多く含むものであることから明らかなように、その信用性は極めて低いものであって、到底証拠価値はなく、他に右事実を立証する証拠はない。

二 証人北爪、同鈴木の証言によれば、角田及び松村との取引はすべて森が行ない、支払金の現実の受取人も森である。他方、証人飛沢の証言によれば、商品取引を行う会社に籍を置く者が他の会社において取引を行うのは当該外交員の手張りによる場合と証言していることからしても、前記三社との取引は森の手張り行為と断じざるをえない。

森が前記三社を利用した理由について説明するところも信用できるものではなく、被告人の岡地株式会社を通じての取引が建玉制限を受けるものであれば他の架空名義を使用すれば足りるところである。

三1 最も重要なことは、三社との取引による利益金が現実に被告人に帰属したとの点についての証拠が極めて希薄である点である。

他の取引について被告人は、申告していないのであるが、それらの取引についての証拠金等の払込、利益金の受け取りは、銀行振込を利用しているのであり、何も三社分に限って現金を直接受ける必要は全くないのである。証人森は、三社分は角田などから現金で受けとり、これをそのまま被告人に手交したというのであるが、そのような多額の現金を運搬すること自体不自然であるし、押収された被告人の預金通帳によっても三社からの入金に見合う預金入金の事実も認められないのである。

2 原審検察官は、三社からの入金があって、近接した日時にこれに見合う出金があったとするが、右の入出金について入金した現金により出金がなされたとの証拠は皆無であるうえ、原審弁論で説明されている如く、検察官主張の出金は、別の取引による入金によってなされていることから、右の検察官の主張は全く根拠を欠くものである。

四 前記三社の取引は、森の手張りであるからこそ三社からの報告書などの郵送先は、森の自宅にしたのであり、利益金などは森が直接現金を受けとるといった方法によったのである。

被告人にしても、森から三社分の利益とされるような多額の現金の交付を受けたことはなく、又飛沢証人も外交員たる森が二三〇万円をこえて現金を単独で顧客の下に持参することはない旨証言しているところである。

従って被告人方に三社分の取引に関する報告書や振込通知書などが存しないことは当然である。ただ一点昭和五四年三月一五日付の共栄商会名の角田株式会社宛の振込通知書が押収されているが、これは昭和五五年三月に入って、本件が発覚した前後、森が保管していた被告人の架空名義の印鑑、記名判が同人から返還された際、偶然まぎれ込んでいたものであり、むしろ、他の通知書などが、被告人方あるいは東京に設置した事務所からも一切発見されていないことが不可解なことである。

又、右の三月一五日付通知書についても、森証言の如く当日被告人の手許から三五〇万円が森に渡ったとの証拠もみあたらない。

五 被告人は、元々、前記三社分は森の手張りによるものであると主張していたところ、取調官の誤導によりこれを認めるにいたったことは原審弁論のとおりであって、右を認める自白調書の信用性はない。

第三 量刑不当について

一 被告人は中学生時代から戦後の混乱期のため競輪場でアルバイトをするなど苦労を強いられ、ようやく昭和三二年早稲田大学法学部を卒業したものの、父の家業が売春関係のそれであるということで、その優秀な成績にもかかわらず就職しえず、このため何の知識もないまま税理士の道を選ぶに至ったのである。これも書生奉公しながらの苦労であり、ようやく昭和三九年に資格をとり開業するに至った。粉骨砕身し、同四五年には税理士会千葉副会長にまでなったが、これと併行し、家族間で相続問題が起り、母親の面倒をみるということで被告人が肩書地の土地を取得することになったものの、昭和四九年、区画整理が実施され地価が上昇するに至るや、兄姉達が財産分けを主張し、結局、母の住む実家たる肩書地を残し、母を安住させるには、被告人の力をもってするよりほかはなく、このため、被告人は実力以上に銀行借入をなし、肩書地にビルを建てる一方借入金をもって兄弟に財産分けをなすこととなったのである。当然のことながら借入金の返済は、被告人の負担するところとなったのであるが、こうした通常の税理士としての力量以上に借入をなしその返済の責を負うことになったこと、昭和二〇年代から父母及び自らがいやおうなしに金銭的な苦労をしつづけてきたことなどから、資金的に余裕を持ちたいと考えるようになったのであるが、結局右の本件の遠因となったものと考えられるところである。本件査察により営々として築き上げてきた地歩を瞬時に失なったことを考えるとき、右の経緯には同情の念を禁じえないところである。

二 原審弁論にて、「非理性的」な行動に走ったとの点が指摘されているが、そもそも、申告をしないで商品取引をすること自体、常識では考えられないことである。商品取引であれば当然に損失の発生を考えなくてはならないが、申告せずに取引を行なおうとすれば右の損失は計上しえないのである。しかも利益の生じたときは脱税の発覚を恐れなければならない。正常な理性を有している者であれば、又本件により理性を取り戻した被告人であってみれば、到底本件のような危険な行為に走らないと考えられるところである。そして被告人を本件のような非理性的な暴挙に走らせた遠因が前記のようなものであれば一層同情の念を感じさせるところである。

三 昭和五五年五月、被告人に対し本件による査察がなされたことはたちまちにして取引界に流れ、いわゆる「千葉筋」である被告人の取引に露骨にこれが反映し、被告人もこれに対処しえず、又、けじめをつける意味においても損失覚悟で手仕舞をしたのであるが、その結果、目を覆うばかりの損失を被ったのである。

即ち、

1 岡地株式会社関係では 三五七、一七九、五二八円

2 山梨商事株式会社関係では 三〇、六八一、一四〇円

3 カネツ商事株式会社関係では 一二六、〇八九、六六〇円

合計 五一三、九五〇、三二八円

の損失にのぼったのである。

被告人が商品取引を始め、昭和五二年には約三、〇〇〇万円の利益をあげることができたものの、前年には同額の損失を出しており、昭和五三年、同五四年にはそれなりの利益をあげたものの、結末は右の状況であり、残ったものは結局多額の債務と被告人の逋脱行為のみであったのである。

右の浮沈については、事業として商品取引を行っていたのであればそれなりに税務上も対処しうるのであろうが、本件ではそうでないため、一時期の利益が所得とされ、当然のことながら課税されることとなったのである。

被告人が商品取引を行ったのは僅か四年間であったが、その四年間を通じては結局被告人は商品取引によっては実質的利益を得ることがなかったことは十分斟酌されるべき事情であると考える。

四 被告人の本件犯行については、被告人が税理士という立場であったが故に当然のこととして本件につき新聞・テレビ等で報道され、社会の批判を受けることとなった。

このことから顧客は一せいに被告人の許を去り、経済的にも多大の制裁を受けることとなったのである。

他方、被告人としては一部主張すべきことはあるにしても、逋脱行為をなしたことは事実であり、右の批判を潔く受けるとともに自ら、反省の顕として、被告人及びその家族の生計の基盤でいる税理士資格の返上をなしたところである。

斯様に被告人の反省の態度には十分見るべきものがあり、再犯のおそれなどは考えられないところである。

五 現在被告人は、ビルの賃料をもって生活の糧としているところ、右によって借入金の返済もする必要があり家族を抱えたその生活は極めて厳しいものがある。

預金、不動産の差押により過年の税金は実質的に納付ずみと言えるものの、被告人としては早期に清算したいと苦慮しているのであるが、折柄の不景気により不動産の売却もままならず、その上被告人は昭和五七年一二月、心筋梗塞により倒れ、一ケ月の入院を余儀なくされたほか現在も治療を受け外出もままならない状況である。

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